アンドロメダ銀河

関東某所に住む大学生のブログ。メンクリに通いながら、卒論(終了)と就活(終了)とバイト(終了)に明け暮れていました。

言葉

こんにちは。

ブログを書き始めると、日常のいろいろなことが普段よりも彩度を増して目に映る気がします。やはり文章に書き起こすのは良いですね。大好きです。私は自分の中のイメージや体験を残す手段として、文字や言葉が一番しっくりきます。

 

ここ数年、脳みそが止まっているような感覚になることが多く、生きていた記憶や思い出をあまり長く覚えてられないので、こうやって書き残すと安心できます・・・。

そういえば、ブログを始めたことをまだ誰にも教えていないんですが、1週間くらい無理なく続けられたら、ブログを勧めてくれた友人にも教えようかなぁと考えています。

 

 

昨日はあれから図書館に行くことができました。自分を褒めてあげたいです。

図書館前には、一輪だけアガパンサスの花が咲いてました!

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図書館前のアガパンサス

アガパンサス、大好きなんです。お花や木や植物はどれも大好きなんですけど、アガパンサスを見ると近寄ってっちゃうくらい好きです。梅雨時期から夏場にかけて、青紫色の美しい花を咲かせてることが多いですね。

花言葉は「知的な装い」、「ラブレター」だったと思います。梅雨時期の雨粒が張り付いた窓辺に佇んで、珈琲をすする古風な老紳士ってイメージを勝手に抱いてます。

 

最近気づいたんですが、幼児期特有の心理作用らしいアニミズムですが、私は齢22になってもアニミズム的思考が顔を覗かせることが人より多いように感じます。

バイト業務でも、道具の損害や食べ物の廃棄がすごく辛かったり、モンハンの愛着の湧いた武器(狩猟笛)が擬人化して見えたりします。自分でご飯を食べるときでも、お米一粒や装飾のような野菜も含めて、絶対に残せないです。残さないんじゃなくて、残せないんです。

もしかしたら、普段の生活を送るうえでやたら神経が摩耗するのは、そのせいもあるかもしれないですね・・・。

 

加えて人の視線や話す内容、笑い声もノーガードで自分の中に流れ込んでくるような感覚があって、めちゃくちゃ疲弊します。人と相対するとなると、人の意図や私への評価がどうなっているかばかり考えてしまって、心安らぐ瞬間がほとんど無いです・・・。

要するに対人関係が大の苦手なんですが、今後生き抜くにはある程度の鈍感さが必要になってくるんだろうなぁって思います。まあ、その鈍感さを持ち合わせていなかったから、今こうなっているんでしょうけど。

 

接客のバイトをしていると、言葉を介さずに理解を強いたり、相手の立場を想像しなかったり、自分の感情をコントロールしないで言葉で暴力をふるってくる100%鈍感人間、っていうのが確実にこの社会に存在するってことが、身をもって分かるんです。

もちろんそういう人たちは少数派なんですが、数は少数であったとして、こっちが割く気力体力のウエイトは決して小さくないんです・・・。

なんだかなぁ。平和に暮らしたいだけなんですよ。この世から早々に離脱して平和になりたいです。

 

話題がコロコロ変わりましたね。見ての通り、話をまとめるのがすごく下手ですが、ブログと銘打っておけば大丈夫でしょう。知らんけど。